『唐茄子』(兼続×三成)




京は伏見の、石田邸。

戸襖を開けて三成の部屋に足を踏み入れた兼続が最初に目にしたものは、床の間に鎮座する大人の頭ほどの唐茄子だった。

外側が橙色に塗られたそれは中身が綺麗にくり抜かれており、中に蝋燭が一本入っている。分厚い皮には、三角形の目鼻と犬が牙を剥いたような口が型抜かれていた。

まるで禍々しい儀式の道具のような異様な存在感に兼続が二の句どころか一の句すら出せないでいると、その心中を察した三成が重苦しい溜息をついて言葉を落とした。

「秀吉様にも困ったものだ」


ことの発端は、とある異国人が秀吉の元を訪問した際、貢物の中にあった橙の唐茄子だった。海の向こうの唐茄子の奇抜な色に興味を示した秀吉がこれは食えるのかと問うたところ、神無月の末日に行われる祭りに使う提灯を作るために使うものだから食べることは不可能だという答えが返ってきたという。

「その祭りとは、元服前の子どもが獣の耳や鬼の角、天狗の鼻などをつけ、物の怪の格好をするのだと」

異国人によると、橙の唐茄子で作った提灯は物の怪の格好をした子どもたちの持ち物で、彼らはそれを片手に町を練り歩き、家々に向かって菓子をねだるのだそうだ。

「その際、『菓子をくれぬと悪さをするぞ』と言って回るのだと」

「ということは、菓子をやらねば子どもらに悪戯をされるということか?」

「そうらしい」

「……ずいぶんだな」

面妖な集団が、夜の町を徘徊するだけではなく食べ物まで要求しそれが通らぬと分かれば悪事を働く……そんな様を想像して驚く兼続に、三成は同意の頷きをする。

「子どものやる悪さなどたかが知れているだろうが、まったくもってぞっとしないと思わぬか」

異人の考えていることはわからん、心底かかわりたくないという様子を前面に出して三成が続けた。

「その上、その祭りを城内で再現したいと秀吉様が言い出してな。菓子は用意するから皆で物の怪に扮してはどうかと。おねね様まで乗り気になったせいで、止めるのにたいぶ苦労した」

何とか説得し城をあげての仮装行列は阻止したものの、職人に作らせた橙の唐茄子提灯を神無月の間部屋に飾るということだけは、ねねの希望により決行され、今に至ってるのだそうだ。

「おねね様らしいな」

一連の愚痴の落ちに兼続が笑うと、三成はきつく眉をしかめた。

「笑いごとなものか。俺はあやうく狐の耳をつけられそうになったんだぞ。まったく、子どもじゃあるまいし」

そう言って三成は口を尖らせたが。

「そうか?」

わざとらしく首をかしげてみせて兼続は、腕を組み大袈裟に三成の顔を覗きこんだ。

「なかなか様になると思うが」

今度は身を後方に引き、品定めをするような目線で三成の全体を眺める。

「尻尾もつけたらさぞかし、」

「それ以上言ってみろ」

次の悪ふざけが出てくる前に、三成は鋭く兼続を制した。

「酒席の支度をやめさせるぞ」

強くひと睨みしてぷいと顔を背けるも、兼続の口の端は上がったままだ。

「なるほど、酒か戯れか、か。確かに大いに悩みどころだ」

くすくすと肩を震わせる様を心底不愉快そうに視界に入れぬようしばらくそっぽを向いていた三成だったが、ふいに何かを思い付いたらしい。珍しく口許に含みのある笑みを浮かべると、急に真正面に直った。

「それならば、決まりだ」

ずいと近づき、悪戯っぽい目線を投げかけて言う。

「今夜は酒を出さぬ」


束の間見開いた兼続の目が、意味を解して愉しげに細められる。こちらを見上げる三成の頬に手をそえて優しく撫でると同時に、兼続は額と睫毛に口付けを落としてから小憎らしくも愛らしい唇を塞いだ。


秋の夜長の、戯れが始まる。



2013.10.30



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戦国舞台でバレンタインに続き、戦国舞台でハロウィンです。

時代考証無視してますがそのへんはご容赦ください。

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