『相思花』(兼続×三成、左近、慶次)




通りすがり、あるはずのない気配に左近は思わず廊下に面した庭へ顔を出して空を見上げた。

間違いなく、眼前には秋らしい晴天が広がっている。

首を傾げて戸襖を開けてみた目の前には、書見台を前に黙々と仕事を片付ける三成がいた。

「いらしたんですか」

「それがどうした」

ふん、と鼻をならして三成はまた視線を元に戻す。相当、機嫌が悪い。

「どうというわけじゃありませんがね」

膝を折り、改めて部屋に入ってから左近は穏やかに言葉を続ける。

「すでにお出掛けかと思ったものですから」

そう、昨日の段階で三成は、明日は兼続と遠乗りに行くからと馬の準備を屋敷のものに命じていたのだ。朝から出掛けるために忙しいさなか、数日間仕事を詰め気味にしていたことも知っている。それがもうすぐ昼になるという段になってもまだ部屋におり、加えて出掛ける様子が一向にないとなれば筆頭家老として疑問を感じないほうがおかしい。

とはいえ、我が殿の扱いをよく心得ている左近は、余計なことは問いかけず場の流れに任せて静かに傍に佇んでいた。

「兼続が悪い」

しばらくの間の後、ようやく、三成が口を開いた。

さり気なく先を促すと、眉を寄せながら少しずつ不機嫌の理由を話し始める。


昨夜の酒席で遠乗りの先の話になった折、静かで景観の良い穴場を見つけたからそこを目的地とするのはどうかと兼続に提案したところ、そんなに美しい景色なら幸村や慶次にも是非見せてやりたいから声をかけてはどうかと言う。しかし急な誘いでは幸村も前田も困るだろうし、何も明日行くことはない。それに幸村はいいとして、前田なんか誘ったらせっかくの静寂が酒盛り騒ぎになってしまう。そう反論したら今度は、せっかくの場所を独占してしまうのは勿体ないだのお前は慶次を誤解しているだの、気後れするなら左近も誘えばいいだのと的外れでつまらないことを言い出したそうだ。

「だから、そんなに大勢がいいなら好きにしろと言ってやった」

で、遠乗りの話も流してしまって今に至るらしい。


だいたいあれはいつも人の話を聞かないし……と、先ほどの顛末に加えて兼続の日頃の態度に対する不満をもぶつぶつ口の中で呟いてはいるが、要するに二人きりで過ごすことに同意が得られなかった寂しさに対して腹を立てているのだ。

「そうですねえ」

珍しく途切れることのない三成の文句にゆっくり頷いて同意しつつ、その芯にある本心を真っ直ぐ山城殿に伝えれば万事解決しますよと進言したい左近だったが、そんな簡単な所作を素直に実行できないところがこの方の長所だから仕方がない。

あんな奴もう知らんと口を尖らせる三成をなだめながら、左近は心のなかで肩をすくめてそっと目を細めた。





通りすがり、あるはずのない気配に慶次は思わず廊下に面した庭へ顔を出して空を見上げた。

間違いなく、眼前には秋らしい晴天が広がっている。

首を傾げて戸襖を開けてみた目の前には、書見台を前に黙々と仕事を片付ける兼続がいた。

「出掛けたんじゃなかったのかい」

幸村から、兼続殿は三成殿と遠乗りに行かれるようですよと聞いていたが、兼続の所作格好を見るにこれから馬に乗って外出するとは到底思えない。

「そのつもりだったんだが」

落ち込んだような響きに慶次が理由を聞くと、三成の気を損ねてしまったという答えと共に深い溜め息が漏れてきた。


聞けば昨夜、今日の遠乗りの目的地として三成が、静かで景観の良い穴場を見つけたからそこに案内したいと申し出てくれたと言う。嬉しい反面、そんなに素晴らしい場所なら幸村と慶次も一緒にと言った途端、急に不機嫌な調子になって苦言を呈された。しかし、風流なものを愛でる三成の目の確かさと功績を独占してしまうのは勿体ないし、たまには大勢と共に過ごすことも悪くはない、幸村はさておきあまり交流のない慶次と共にいるのが苦手だというのであれば気心知れた左近も誘うのはどうかと提案してみたら、ますます眉間の皺が深くなり、それなら勝手に四人で行ってこいと言い放たれて、遠乗りの話は流れてしまったそうだ。


「三成が想っているのは私ではないから、良かれと思ったのだが」

何で怒ってしまったのだろう、さらに声を落として兼続は下を向いた。

「やはり、あまり好かれてはいないのかもしれんな」

仕方がないかと己に言い聞かせる姿に、いやむしろその真逆じゃないかねえと喉まで出しかけて慶次は口を噤んだ。三成の不機嫌はどう見ても二人きりで過ごせないことに対する不満の現れ以外の何ものでもないのに、妙なところで頑固な思い込みをするこの御仁は、この場で自分がそう意見してみたところで優しさからくる慰めとしか受けとってくれないだろう。

まあ、そこが彼の一風変わった面白いところといえば面白いところであるのだが。

「世話がやけるねえ、まったく」

思わず漏れてしまった本音と笑みに、兼続が大きな瞳に不可解を宿して瞬きを返す。

その所作がやっぱりひどく可笑しくて、口ではすまないと言いながらしばらく大きな肩と派手な金髪を小刻みに揺らし続けてしまう慶次の姿があった。



花も葉も 互いが見えず 相思花

されどその根は ひとつなりけり



2008.8.15

# 2012.2.25 微修正



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お読みくださりありがとうございました。

不器用な二人を前に保護者がやきもきしている感じです。


タイトルの「相思花」は本当は「相思華」と書きます。彼岸花の韓国名だそうです。彼岸花は葉が出てるときと花が咲く頃が違うので、花言葉に「すれ違い」という意味があり、どちらかと言えば悲恋を表す意味合いのほうが強いようです。なので、たとえすれ違っていても彼岸花そのものは同じ根を持っているひとつのもの、という意味を込めた歌を末尾に添えてみました。

「花と葉」=「三成と兼続」と解釈してくだされば幸いです。

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