『交差』(東京湾臨海署安積班:桜井×黒木)




すでに気付かれているのだろうか

それともまだ大丈夫なのだろうか


奥まで収まったものが急に引き抜かれた瞬間、黒木は小さく声を上げた。咄嗟に我に返ろうとするも桜井の、再び押し入ってきた激しい熱が理性の働きの邪魔をする。

眉を寄せ、快楽の疼きと戦うために黒木はより強く唇を噛み締めた。


互いの同意のもとに続けている桜井との合理的な関係は体の繋がりを中心としたものだが、行為を楽しむ過程よりも欲を満たす結果のほうが重視されている。少なくとも自分に求められているのはそれなのだから、色めいた悩ましい空気は極力排斥しようと決めているのに、最近、それが難しい。

原因はわかっている。前々から感じていた、桜井ほど自分はこの状態を割り切れていないのではという漠然とした予測が、黒木の中で明瞭とした確信に変わりつつあるからだ。


桜井が部屋をあとにするのは、単純に寂しい。

可能なかぎり同じ空間に居たいとも思う。


しかし、桜井には村雨巡査部長というれっきとした想い人がいる以上自分の本音を表に出すわけにいかないし、部屋に引き留めてしまったらただでさえ休む暇の乏しい刑事という仕事に支障が出て、村雨の桜井に対する評価が下がってしまう。

とはいえこの感情に折り合いをつけないまま今の状態を続けていては、もし桜井の意思で関係がぷつりと切れたとき、自分の胸の内に村雨への嫉妬が芽生えてしまうかもしれない。村雨は、桜井だけでなく黒木にとっても同じ班に属する先輩刑事だ。村雨に対して負の感情を持つような事態は、絶対に避けたい。


どうにかして落としどころを見つけよう。上がる息の下、再び自我を飲み込もうとする波に抗いながら黒木は考える。

できれば、桜井が自分の気持ちを知ってしまう前に。



すでに気付かれているのだろうか

それともまだ大丈夫なのだろうか


喉奥から漏れる喘ぎが耳に届くたび体の下で艶かしく肢体が揺れるたび、そのすべてを抱き締めたくなる。抱き寄せてその耳元で何度も好きですと囁きたい、沸き起こる衝動を必死で押さえながら桜井は、どうにかして平静を保とうと深く深呼吸をした。


このところ、熱の昂りにつられてうっかり本心を口に出してしまいそうになる頻度が確実に上がっている。言ったが最後この関係はなくなってしまう可能性を重々承知しているはずが、頻繁に溢れ出る感情を苦労して塞き止めている有様だ。

原因はわかっている。黒木のことを、もはや本気で手放したくなくなったからだ。以前に比べるとわずかに自分のことを見ていてくれているような気がするのも、その一つかもしれない。


自分の誘いを黒木が受け入れてくれると嬉しくなる。

これからも同じ時間を共有したいと思う。


しかし、身も心も恋人としての繋がりを持つには正直に気持ちを告げなければいけない。通常であれば何でもないそれが現状ではものすごく難しいのは、なまじ本心を隠して本命は別にいるからと体だけの関係を望むような態度を続けてしまったためだ。あんなに村雨に気のあるような素振りをしておいて、本当の本命は黒木さんでしたなんて、いまさらどんな顔で言えばいいのかわからない。また逆に、黒木のほうから好きだと言ってもらえても、このままでは二つ返事での承諾ができない。もしそんなことをしたら、村雨への気持ちを大袈裟に表現していたことがばれてしまう。

何があっても穏便に済むように、黒木に気を遣わせないように、自分が傷つかないように。関係を曖昧にすることでいくつもの退路を用意していたはずが、いつの間にか崖のふちに追い込まれている。おまけに、思わぬ伏兵の影さえちらつき始めたのだ。


どうにかしてこの気持ちを伝えたい。再び漏れ聞こえてきた途切れ途切れの艶声に息を上げつつ桜井は考える。

できれば、黒木が自分の本心を知ってしまう前に。




2014.5.31

# 2014.5.31 微修正



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お読みくださりありがとうございました! 真夜中に書き上がったので少し修正しました。

ちょっとずつ歩み寄っているような擦れ違っているような二人です。

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