『来年』(東京湾臨海署安積班:桜井×黒木)
東京湾臨海署の事件発生率は、カレンダーに行事として指定されている日の前後に高くなる傾向にある。観光地として名高いお台場一帯を所轄として抱えているゆえに、人口密度が普段よりも増すためだ。実際、クリスマス・イブの当日に、管内で刃物を使った傷害事件が発生したこともある。
しかし今年のクリスマス・イブの夜は、例年に比べて格段に静かだった。もう少しで日付が変わろうとする時間にさしかかっても緊急放送はおろか内線電話ひとつ音を立てず、これから鳴る気配もない。
まだまとめ途中の書類を気にするふりをして今夜の当直である黒木和也のもとを訪れた桜井太一郎は、時計を見てから手元の缶コーヒーをあおった。
「じゃあ、僕はそろそろ帰ります」
そのままでいいという黒木を遮って、ささやかな宴会の後片付けを始める。おにぎり、サラダにカップ麺とチキン、2切れ入りのケーキと缶コーヒーというメニューは、すべてコンビニエンスストアで調達したものだ。いつもの夜食に毛がはえたようなラインナップだが、イブの夜を一緒に過ごせただけでも十分だなと桜井は思う。
「今年はこのまま何もないといいですね」
未だ酔っぱらい一人連行されてこない状態に、桜井が言った。
「イブの夜くらい、心穏やかに過ごしたいですし」
これから何かあったら徹夜確実ですしねえとおどけた口調を使う、いつものように無難な言葉だけが返ってくると思いきや黒木は、そうだなと相槌を打ったあと少しだけ間を置いて呟いた。
「来年も同じ様に過ごせるといいな」
コンビニケーキの透明な蓋についていた小さなリースのシールを眺めながらのその意味は、単に来年のイブにも事件が起こらなければいいということなのか、今夜のように来年も二人きりで過ごしたいということなのか、黒木の様子からは判断できない。しかし、今夜はクリスマス・イブだ。後者の意味合いに違いないと前向きに解釈して眠りについても罰は当たらないだろう。
「そうですね」
明るく頷き、桜井は黒木に笑顔を見せた。
「僕もそう思います」
目の前の表情が心なしか緩んだように見えたのは気のせいかもしれないけれど。
来年も再来年もその先も貴方とともにこの時を過ごしたい。その想いをいつかきちんと正面を向いて伝えられますようにと、桜井は強く願っていた。
2013.12.31
# 2014.1.2 修正
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