『願い』(東京湾臨海署安積班:桜井×黒木)




暗闇に浮かぶデジタル時計は、午前1時すぎを表示している。一瞬だけ考えたものの自分の欲に従って、桜井は未だ身を起さずにいる黒木へ再び体重をかけた。

視線が重なる前に唇を塞ぎやや強引に舌を差し入れるも、こちらが一方的だったのはそこまでだった。ほどなくして絡みついてきた舌とともに、黒木の下肢が重ねた自分のそれと同じ反応をし始めたのが、手を触れずとも伝わってきた。


流れにそってきちんとこの身に回される黒木の腕はこの関係を肯定している証であること、桜井もそれくらいは確信が持てるようになった。だが、それがどのような「肯定」なのかについては、相変わらず確かめる自信がないままだ。


メールを打てば返事はくる。電話をすれば会話が続く。食事に誘えば構わないと言われる。部屋への訪問も夜の誘いも、都合やタイミングが悪くて流れたことはあるにせよ、断られたことはない。以前よりも明らかに誘いの頻度を上げているのに一切疑問を呈されず、当たり前のように受け入れてくれている。しかし、すべてのことに明確な拒否をされたことは一度もない反面、黒木から誘われたことも、実は、一度もない。


いつまでもこんな関係でいたいとは思っていない。正直な思いをぶつけて、黒木の気持ちを確かめたい。間近に在るこの耳に、たった四文字を囁けば済む話だと頭では十分理解している。

けれど、今の関係が壊れてしまうこともまた桜井の望みではない。余計なことを告げたばっかりに、そんなつもりなら付き合えないと言われてしまったら、きっと激しく後悔するだろう。金の卵を産むガチョウの腹に金の塊があったためしがあるだろうか。


先への許可に返ってくる短い了承、いつも通りのやり取りは、結局今夜も性欲を満たすだけで終わってしまうことを示している。それでも繋がりがないよりはましなのだと自分自身に言い聞かせて桜井は、せめてもの印に腕の中の体を強く抱き締めた。



2013.8.12 


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