『思惑』(東京湾臨海署安積班:桜井×黒木)




果てたあとの始末もそこそこに、桜井が唇を寄せてきた。ねじ込んでくる舌が乏しい余韻を長引かせるためのものでないのは明らかで、先ほどまでのことはなかったかのように強く激しく絡み付く。

重なる下肢に相手との年齢差を感じながら黒木は、3つ歳下の性欲に応えるため、桜井の首に腕を回してわずかに離れた唇を今一度強く引き寄せた。


会えるときに会う、やれるときにやる。多忙な職務に従事している身にとって、この姿勢は正しい。体だけの関係ならなおさらだ。加えて、自分たち刑事は勤務時間外の呼び出しも珍しくない。だから隙あらばの過剰な求めを拒否するつもりはない。


とはいえここ最近、正確にいえば秋口を過ぎたあたりから、桜井の要求は今までに比べてかなり濃くなってきたように感じる。休日前後だった訪問が、手隙で定時に上がれた平日や黒木の当直明けの夜に拡大されただけでなく、今夜のように風呂場もしくは食堂で出くわしたときもそのまま成り行きで共に過ごすことが増えた。目的を果たした桜井が自室に戻ることも少なくなった。心なしか、他愛のないメールも増えた気がする。


主立った原因は、寒さと時期だろう、密着してきた汗ばむ肌に、黒木はそう考える。今年の秋冬は例年よりも平均気温が1、2℃低いんだってねと、数日前に須田チョウが教えてくれた。寒いと、特に理由もなく寂しさに苛まれて、独り寝を避けたくなってもおかしくはない。そして今の季節のこれからは、単独で過ごすなんて信じられないと世間が勝手なレッテルを貼った行事が目白押しだ。黒木はまったく気にならないが、若い桜井が人肌を恋しく想ってもおかしくはない。もしかしたら、桜井が憧敬の念を抱いている村雨秋彦巡査部長が家族持ちなことも、いつもは埋まる隙間の幅が簡単には満たされない一因になっているのかもしれない。


きっと、暖かくなったら。

雪が解けて水になり元の川に流れるように、肌を重ねる頻度もメールの量も回数も、何もかも以前の通りになっているはずだ。

そのとき自分は何を思うのか、正直なところ黒木には皆目見当がつかない。ただ、できれば桜井に負担をかけるような感情は持たないようにしよう、そう願っていることだけは確かだ。


体の位置を変えた折、目端でとらえた時計の針は午前2時少し前を指していた。こと臨海署においては、この時間帯を過ぎてからの呼び出しは皆無と言っていい。今夜はたぶん、呼び出しはない。桜井もまたそれを見越しているらしく、当然のように指を背中から腰へ、その下へと這わせ始める。

耳元で囁かれる形ばかりの聞き質しに短い同意を返して黒木は、再び訪れるであろう波に乗らんと目を閉じた。



2012.12.23



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