『距離』(東京湾臨海署安積班:桜井×黒木)
半分だけ偶然の、二人きりの遅い昼休み。黒木和也と共に東京湾臨海署を出て駅のほうへ早足で行く桜井太一郎の前を、若い男女が歩いていた。
見たところ恋人同士らしく、腕を絡めつつ寄り添ってしっかりと手を繋いでいる。
彼らを追い越すさなか、桜井は何とはなしに黒木の手に目をやった。
触れたことがないわけではない、むしろ自身に触れられたこともあるその手指は今、近くに「在る」だけでその存在は桜井にとってひどく遠い。気軽に腕を組むことよりも仲睦まじく手を取り合うことよりも、口付けを交わして肌を求め合うほうが易しいという黒木と自分との関係は、果たして良いのだろうか悪いのだろうか。
うっかり漏れた深い溜息への問いかけを適当な言葉で取り繕いながら桜井は、溜息の本当の意味を知ったとき、黒木はどう反応してくれるかなと考えてみる。動揺はしなそうだけれど、冷静に手をとられる状況も想像がつかない。どん引きされるのは極力避けたいが、危険性はゼロではない。
つらつらを想いを馳せてみたもののあっと言う間に先が見えなくなって、桜井は心の中で首を振った。時間を気にしながら黙々と自分の隣を歩くこの人と寄り添って手を繋げる日は、まだまだ、先になりそうだ。
でも、きっと。いつか。
当たり前のように触れた手指を握り返してもらえる日が来ますように。
2012.4.30
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