『敵塩』(東京湾臨海署安積班 桜井×黒木、大橋)




異動によって所轄や職種が変わった警察官が、元同僚、先輩、後輩とつながり続けることは珍しくない。

東京湾臨海署から上野署を経て竹の塚署に所属している大橋武夫も例外ではなく、直近の勤め先である上野署にはもちろん、刑事になって最初に配属された東京湾臨海署にも、黒木和也という未だ付き合いの切れない先輩刑事がいる。だが、昼休みが始まるや否や鳴った私物のスマートフォンに表示された名前は、そのどちらでもなかった。

『すみません、お忙しいのは承知してるんですが、今、大丈夫ですか』

屋外の雑音と共に聞こえてきた臨海署時代の後輩、桜井太一郎の声は、演技ではなく切羽詰まっていて、かつ、心底申し訳なさそうだった。

『急ぎで聞きたいことがありまして』

「何だよ」

『黒木さんの足のサイズを教えてください』

尋ねるときの単語として「知っていますか」ではなく「教えてください」を選択したところに、桜井の性質が垣間見える。合理主義は相変わらずのようだ。

「28.5」

嘘をついても仕方がないので、大橋は正直に知っている数値を告げた。

『28.5ですね』

しばらく間が空き、ほどなくして「あった」という小さな安堵が聞こえてきた。

『ありがとうございます、助かりました』

「クリスマスプレゼントか」

黙っているつもりだったのに、つい、大橋は思っていることを口にしてしまった。

『はい』

返ってきた声には、単なる質問への答え以上のものはなかった。

『普段履いてるのがどこの靴かはチェックしてたんですけど、サイズのことすっかり忘れてて』

何で俺に聞いたんだと、言いかけてやめた。たぶん、桜井は知っているに違いない、その靴のメーカーを黒木に薦めたのは大橋でそれ以来愛用しているということも、臨海署時代にはときどき二人で買いに行っていたことも。それなら今度は自分色に染め直せばいいものを、黒木が好んでいるからという一点を重視して同じメーカーのものを贈ろうとするところは正直すごいと思う。敗北感はまったくないが、黒木が桜井に惹かれた理由は、なんとなくわかる気がした。

『すみませんでした、お仕事中に』

ありがとうございました、改めての礼を受けそのまま暇を告げかけたが大橋は、ふと思い立ち、ちょっと待てと桜井を呼び止めた。

「お前この間のハロウィンで仮装したんだって?」

『え、なんで知ってるんですか』

あからさまに狼狽して桜井は、何に扮したかは勘弁してくださいと先手を打ってくる。

「黒木さん、お菓子くれたか」

茶化し気味に聞くと、ええまあという曖昧な返答のあと、やや溜息まじりの低い声が返ってきた。

『僕の目的はお菓子じゃなかったんですけどね』

「だろうと思ったよ」

ですよね、電話の向こうの声は明らかに脱力していたが、どことはなしに楽しげでもあった。つられて大橋も、だよなあと同情の同意を返して口元に苦笑を浮かべる。

今度黒木に会うときは、お菓子のことと新品の靴をネタにちょっとからかってみようかな。そんなことを考えながら大橋は、そういえばと話題を広げた桜井からの、かつての職場の近況にしばらく耳を傾けた。



2014.12.24

# 2014.12.25 本文とコメント微修正


お読みくださりありがとうございました。

両想い後の桜井黒木と大橋です。『助言』と合わせて冬の行事セットのつもりです。

ちなみに桜井の仮装は柴犬っぽい何か、です。機動力を確保するため、刑事は動物の耳と尻尾をつける程度にとしたところ、やたらもふもふしたリアル獣な耳と尻尾が出来上がり、単なる仮装やコスプレよりもかわいらしくなってしまって周りからは写メ撮っていいですかなんて言われて評判は良かったものの、つけている本人は非常に気恥ずかしいうえに、肝心の黒木からは「本物みたいだな」という方向性の違う感想しかもらえなかった結果、桜井のなかで「あんまり知られたくない」に至っています。あと黒木の足のサイズは完全に妄想です。背が高い(公式で180cmでしたっけ??)うえに足も大きくて、服とか靴を選ぶのに苦労した経験がありそう、という妄想です。足のサイズ、大橋も大きいかつ甲高で苦労してそうな気がします。桜井はわりと平均的でどんな靴でも入るから、選び放題だし結構足元からおしゃれなんじゃないかなと思いました。

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