『誤解』(大橋黒木)




待ち合わせの駅からようやく最初に腰を落ち着けることのできた喫茶店で注文を終えるなり大橋は、目の前に座った黒木から普段よりも口数が極端に少ない気がする、と指摘された。

「何か言いたいことでもあるのか」

口調はいつもより穏やかなくらいなのについ身構えてしまったのは、指摘のとおり今現在思うところがあるがそれを口にしたくないため、一切表に出さないようにしていたのにもかかわらずあっさり見抜かれてしまったからだ。これは、恋人と同じ業種に就いていて嬉しくない項目の上位に入る。

「別に何も」

努めて平静に、大橋はその懸念を否定した。しかし黒木は納得していないらしく、黙ったまま返事をしない。

「気のせいだと思いますが」

笑い混じりにそう言ってみたが、こちらに向けられた黒木の表情を変えることはできなかった。それどころか、大橋の目を真っ直ぐに見つめ、眉ひとつ動かさない。これは紛れもなく、隠し事の存在を確信された証拠だ。

「いや、本当に、ちょっと疲れてるだけでなんにもありませんよ」

焦りからうっかり声を荒くしてしまって、大橋はしまったと思った。ここはどうしてそう感じたんですかと質問するべきだった。失敗したなと後悔する反面、もしも本当にやましいことがないのに変な勘ぐりをされたらこれくらいは憤っても不自然ではないはずだと考え直し、大橋はあえて語気を強めてだめ押しをした。

「そんな攻めるような言い方されるなんて、心外です」

怒るまではいかないが気分を害したふうを装って、運ばれてきたアイスコーヒーに口をつける。そんな大橋を黙って眺めていた黒木だったが、やがて珈琲を手にしてから穏やかに別の質問をした。

「どうして攻められたと思ったんだ」

一口だけ飲んで、返答に詰まった大橋をちらりと見る。

「言いたいことがあるんじゃないのかって、聞いただけなのに」

カップを置いてこちらを向いた眼光の強さが明らかに増している。口調にも佇まいにも、かつて大橋が臨海署にいたころ何度か目にしたことのある取調室の黒木と同じ威圧感が出始めていた。どうやら、先輩刑事として未熟な後輩刑事を見逃そうという寛大さはないようだ。

もう少し粘ろうかと考えたが徒労に終わることを悟り、大橋は観念のため息をついた。

「……大したことじゃありませんよ」

わずかな抵抗としてアイスコーヒーをストローでゆっくりすすり、しぶしぶと口を開く。

「今日は、その、どこもかしこも混んでましたよね」

「連休の初日だからな」

「で、やっと入れたといっても普通の喫茶店で」

「それがどうかしたのか」

「二人っきりになりたかったんです」

言ってしまってから急に気恥ずかしくなり、大橋は思わず目線を下にした。

「いやその、久し振りに顔を見られただけでも嬉しいんですけど、せっかく何ヶ月か振りでこんな早い時間から会えるのにどこも満室だし、もちろんそれだけが目的ってわけでもないので構わないんですけど、それでも次にゆっくり会えるのがいつになるかもわからないんで、できればすぐにでもすごく近くに寄りたいなと思ってました」

と、一気に言い切ってようやく大橋は、黒木が小さく笑い始めていることに気がついた。

「ごめん」

つい先ほどまで厳しかった目つきを緩め、ばつが悪そうにしている大橋へ優しい眼差しを向ける。

「また無理して体調でも崩してるのかと思って、つい」

悪かったよ、再び謝ってから黒木は、さてと呟くと珈琲を飲み干して腰を上げた。

「どこ行くんですか」

上着まで羽織ろうとする様子を見上げて大橋が不思議そうな顔をすると、黒木は大橋のそれと同じような表情で言葉を返してきた。

「どこって……行かないのか」

意味を解すも答えあぐねている大橋に構わず、今いる土地以外の候補地をいくつか挙げながら出支度を続ける。

伝票を持って出口に向かう黒木に、大橋も急いでグラスを空にした。上着に袖を通しつつ、たくさんの意味で自分はまだまだだなあと心の中で苦笑する。

そうして今日はこの瞬間から、包み隠さず自分の気持ちを告げようと心に決めて大橋は、会計をするその隣へと足を進めた。



2014.11.23

# 2014,11,24 修正


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お読みくださりありがとうございました!

大橋は、いい意味で、相手に自分のことを出来る限り良く見せようと努力するけれど、最後の最後でちょっと足をとられる、もしくは自分からばらしてしまうタイプだと思っています。あと、黒木はいつでも一枚上手という印象があります。




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