『贈り物』(兼続×三成)




デスクトップ右下に表示されている時計の数字が、17:00の点滅をした。机の左に置いてあるカレンダー兼の電波時計も、同じ時刻を示している。

さすがに定時ぴったりで社を出るのは下の者に示しかつかないと思いながらも三成は、帰り支度をほぼ終えた鞄と、12月に入ってすぐからその内ポケットに大事に大事に仕舞ってある17時40分発新潟行き上越新幹線の切符をもう一度確認してみた。


三成が勤める豊臣カンパニーには会社設立時からの理念として、家族を優先することと、部下を大切にすることというものがある。外から聞いている分には正しいが、裏を返せば、三成のように独身かつ取締役の肩書きのある人間は、お盆や夏休み、年末年始、運動会、入学式卒業式シーズンなどは、有給者や早退者のフォローにまわることを余儀なくされてしまう。そんなわけで日本では特に休暇でも何でもないが家族行事として組み込まれつつあるクリスマスは、早めに家路につく家庭持ちの社員の代わりにほぼ毎年残業で、新潟にいる恋人、兼続に都内まで来てもらって短い時間を慌ただしく過ごすが恒だった。


今年も例年通りの予定だった。が、3週間前、秘書の左近から少し厚めの定型封筒を1枚手渡されたのだ。

「ちょっと早いですけどクリスマスプレゼントってことで」

開けてみてくださいよと促され、内心では何だろうと気になりながらも表向きはこの忙しいのにと呟き、眉間に皺を寄せて開封したその中に、今三成が鞄の中で温めている新幹線の切符と、24日の金曜は午後から、明けた月曜の27日は昼過ぎまで、予定が真っ白になっているスケジュール管理ソフトのtodo画面を印刷した紙が入っていたのだ。

「社用携帯も置いていって構いませんよ」

兼続さんにかければ繋がるでしょうしと茶化して笑う左近に、そこまで休みボケする気はないぞと若干怒り気味に言い返してしまったが、はいはいと軽くいなされてしまったので照れ隠しは丸わかりだっただろう。


左近にはなにか土産がいるなと思いながらそろそろ出るかと立ち上がり、携帯を見たときに初めて、三成は兼続からの何件かの不在着信に気が付いた。

最初のものにはまた連絡するという短いメッセージが、次のものはつい1分前で、後でメールを送るからと入っていた。

その、なんだかこの日にしては沈みがちな留守録音の声に嫌な予感がよぎった三成は、迷ったあげくこの場で直接電話することにした。


1コールもしないうちに出た兼続は、まず詫びを述べてから、今大丈夫かと改めて聞いてきた。

「もうすぐ出るところだ。なんなんだ、一体」

不安を隠そうと、三成の口調はいつも以上にぶっきらぼうになる。

「いや、その……」

謝りたいことがある、兼続は硬い声で答えた。電話向こうの、すまなそうな顔が浮かぶような声だ。


またか。


表面上は眉を寄せるに留めたが、心の中で三成は肩を落とした。

出発前に約束を反古にされるのは、おそらくこれで10回を超えたはずだ。


頭では、理解している。自分同様、兼続も一老舗企業の取締役で、営業担当部長兼社長秘書という、決して暇ではない役職を持っている。どこの企業も年末は忙しい。左近の気遣いがなかったら、三成自身もこの時間ならまだ仕事に没頭していただろう。

しかし、それでもやはり落胆と、やり場のない怒りが込み上げてしまう。普段なら諦めもつくが、よりによってこんなときに……。


気にするな、三成がいつもの、慰めにしては素っ気ない言葉を伝えるべく口を開きかけたのと、兼続の声が聞こえてきたのは、ほぼ同時だった。

「レストランの予約が流れてしまったんだ」

本当にすまない。兼続が、もう一度詫びた。

聞けば、この日のために予約していた店が、手違いで予約の重複をしてしまったという。

その店は、兼続と三成が新潟で初めて食事をした思い出の場所ということもあり、兼続は三成がクリスマスは新潟で過ごすと知ったその日にすぐ予約をしたそうだ。しかし、たまたまその日に予約の担当をしていた従業員が二人のおり、うっかり同じ日に予約を入れてしまったという。

「先方は記念日の老夫婦だったから、相手に譲ってしまったんだ」

今からクリスマスの食事を予約するのは、ちゃんとした場所なら無理に近い。不景気な昨今では、なおさらだ。今日は普段しないような贅沢をする日なのだから。

「だから、その……私の家での食事になってしまって……」

鶏肉は用意するから、だから許してくれと兼続は、また沈んだ声で謝りはじめた。

「………」

とたん、三成は何かおかしくて、つい、小さく噴き出してしまった。

そのまま、電話の向こうにくすくす笑いを伝える。


デートの約束の前に、深刻な声で、切羽詰まった所作で電話を何度か寄越されたから、誰だって今日は会えないの連絡だと勘違いするはずだ。まったく、些細な理由でこの世の終わりのような詫びをする大げさな奴だなという思いと、共に過ごす時間を大切に演出してくれようとしたが故のがっかり感が伝わってきて、いつまでも肩の震えが止まらない。

「蟹鍋だったら許してやる」

ようやく笑いを抑えて、三成ははっきりそう告げた。兼続が問い返す前に、再び吹き出しそうになるのを堪え、冷静に戻ったふりをして一気に捲し立てる。

「蟹だぞ、蟹。もちろんずわい蟹だ。ツケダレはこの間話していたお前のお手製のがいい。ネギと白菜は多めで焼豆腐は絹。しらたきと春菊も必須。きのこ類はなくてもいい。シメジと舞茸なら、まああっても構わん。ただし椎茸が入ってたらその場で帰るからな」

予約がないんだから相当いい材料でだからな、口ではそう言いつつ三成は、人前で過ごすよりも兼続の部屋で二人きりの空間が嬉しくて楽しみでたまらない。

「もう切るぞ。乗り遅れる」

言うだけ言って、三成は通話を切った。再び兼続からの着信音が鳴ったが、もう出る気はない。別に今言ったものが用意されていなくったっていいのだ。本当に必要なのは、兼続その人なのだから。


腕時計は、発車時刻の30分前を指している。

新幹線に乗る前に、予約したクリスマスケーキとプレゼントを取りに行かなくては。ケーキは兼続の好きなラム酒がたっぷり入っている、ビターテイストの特注ブッシュドノエル、プレゼントは前々から欲しがっていたノートPCケースでこちらも革製の特注。兼続は喜んでくれるだろうか。


もう一度小さく目元だけ緩めて、三成はオフィスを後にした。



2010.12.25


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お読みくださりありがとうございました。

現代版でクリスマスの2作目です。

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