『相思』(大橋黒木)
黒木の右鎖骨付近には、銃創がある。
拳銃を持って逃走した殺人犯を追い込んだ結果、地域課の警察官をかばって受けたというその傷跡の表面は滑らかで、あまり痛々しさはない。けれど大橋は、素肌に残るそれが目に入るたび、臨海署と遠く離れた竹の塚署で凶報を聞いた当時のことを思い出して、胸が締め付けられる。
「黒木さん」
乾いた唇をその傷跡に寄せて、大橋が呟いた。
「最近は無茶してませんか」
「いつもそれだな」
生真面目な彼にしては珍しく、少しだけ茶化すように黒木が言った。
「笑いごとじゃないですよ」
しつこいのは自覚してますけど、顔を上げて大橋が続ける。
「いつか殉職するんじゃないかって、心配なんです」
「お互いさまだ」
手を伸ばし、黒木は大橋の右頬に手を添えた。そのまま首筋から胸元へ、確かめるようにゆっくりと指を滑らせる。
「睡眠と食事、まともにとってないだろう」
「話そらさないでくださいよ」
「そらしてるわけじゃない」
真っ直ぐに、黒木が大橋を見た。
「過労死だって殉職のうちだ」
「そりゃ結果的にはそうかもしれませんけど……」
理解はしたが賛同はしかねるといった表情で大橋が口を尖らせる。
「でも、やっぱりだいぶ違うと思います」
「違わないよ」
間髪入れず返された言葉に難しい顔をすると、黒木は大橋の目を見つめて言った。
「相手を失うという意味では、何も違わない」
「………」
しばらくの沈黙の後、大橋が諦めの溜息をついた。
「敵いませんね黒木さんには」
降参宣言に緩んだ黒木の眼差しに肩をすくめつつ、大橋はその唇に唇を重ねた。はじめは軽く交わしていた口付けを深いものに変えながら、髪を梳き足を絡めて肌を寄せ、黒木のすべてを求め始める。やがて黒木のほうも、誘いに応えて大橋の背に腕を回してきた。
「黒木さん」
上がり始めた息の合間に、大橋は腕の中の大切な人の名を呼ぶ。
「好きです」
吐息のように落としたその言葉に黒木は小さく息をつき、お互いさまだと返してくれた。
2014.3.7
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お読みくださりありがとうございます。
勢いだけで書きました。