『残り香』(左近×兼続)
屋敷に戻って羽織を脱ぎ落としたときに、それはふわりと鼻をくすぐった。
その場に彼がいるはずなどないのに、無意識に目が辺りを見回してしまう。
仄かに香る、強い酒と香の入り交じった彼の人の匂いは、
昨晩の行灯の仄明かりへと、細くわずかに繋がっている。
小さく、兼続は息をついた。
糸の奥に染み込むまで長居をするのはやめようと、いつも思っているのに、
招かれるたび、羽織に彼の気配を残したまま屋敷に戻って来る自分がいる。
そうして、羽織をかけてなんとはなしに眺めながら想う。
彼の羽織も、今頃自分の匂いを纏っているのだろうかと。
2006.2.20
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