『微睡み』(兼続×三成)
どろどろとした何か、得体の知れない物の中にいる。
匂いも色もないのに、蜂蜜の中に居るんだなあと三成はぼんやり思う。身を委ねると暖かく躰に纏い付く蜂蜜の海は、甘く優しく自分を包む……。
目が覚めて、最初に感じたのは項に触れた兼続の舌。次に感じたのは、躰を滑る冷たい指先。それと対照に、まわされた腕は暖かい。
行灯の火がまだ燃えているのは、夜明けの遠い証拠。微睡んでいた時間は、思ったほど長くなかったらしい。
寝返りを打ってその胸に顔を埋めると、同じ強さで抱き締められた。
自分と同じ年齢の肌同士が合わさるのには、まだ、多少の違和感がある。
重ね合う、渇いてしまった互いの唇。
舌を絡めて口づけを交わし、しばらくそのぬめりに酔いしれる。
白い肌、長い睫毛、立てられる歯と髪を梳く細い指。誰かとは違うすべてに戸惑いを覚えつつ、息の熱さは回を重ねるごとに上がってゆく。
胸の上を滑る舌に掠れた声を漏らす、内腿からじらす指に息が乱れる。
「あ……」
いつまで経っても聞き慣れない自分の声に、顔の火照るのが分かる。
「兼続……」
こんなとき、彼の名を呼ぶようになったのはいつからだろう。
返事をする代わりに兼続の舌が、指より細かな愛撫を下肢に施し始める。その緩慢さに呼吸と体が震え、吐息と共に甘い声が切れ切れに漏れる。
そのうち、兼続の舌は“緩慢”を通り超して“執拗”になってくる。三成が名を呼ぶ声に非難の色を付けてみても、しかし、躰の反応がそれを褪せさせてしまう。
理性と自制心が少しずつ溶けて行くのが手に取るように分かるのに。そんな自分を止められなくなったのはいつからだろう……。
ようやく下肢を解放した兼続の唇を引き寄せ、己の欲の求めるままに三成はその舌を吸った。
互いの体に絡まる腕が息を荒げさせ、目の合うごとにまた相手を求めることの繰り返し。
そのうち、躰を包むようにして背中にまわった兼続の手がゆっくりと下へ下りて行く。濡れた指先の冷たさに、出口の塞がった唇から詰まった喘ぎが漏れた。そそるような自らの声と奥へ深まる指の動きに頭が熱くなってゆく。
「……っ」
外された指に一際高い声が上がりそうになる、不意に恥ずかしさが頭を擡げ、慌てて顔を背ける。とたん、背けた顔をぐいと正面に戻された。普段あまり見せないその粗野な行動に、三成は一瞬目を丸くする。
しまった、という顔をして兼続は慌ててその手を引っ込めた。
「すまない、つい……」
痛かったかと、詫びるように頬を撫でる手に手を重ね、三成は兼続を見詰める。
痛いというよりもその行動に驚いたのだが、あえて何も言わなかった。
すまない、もう一度詫びると、この上なく優しく頬に口付ける。そのまま耳に掛けられた息がいつも以上に自分を震わせる。
足を持ち上げ、その奥に兼続が入ってくる。指とまったく違う温度を持つそれが来る瞬間は何度肌を合わせても慣れず、たとえそれが誰であったとしても否応なく三成を欲望の波に沈めようとする。
溺れるまいときつく布団を握りしめ、顔を歪めて息を吐く。ようやく収まった感覚に力を抜くと、すぐに体を繋いだまま引き起こされた。
再び深まるその熱に仰け反る三成の喉に兼続は歯を立て、疼くその跡に濡れた舌を這わせた。片手を背に、片手を三成に添え、ゆっくりとしかし確実に、三成の全身を浸食してゆく。あらゆる敏感な部分を舌で歯で指で刺激され、目眩に似た快楽が三成を襲う。
「兼、続……」
甘えるような媚びるような、切ない声でその名を呼ぶ。もう楽になりたいと、その色で訴える。
上がる息のまま兼続を見やると、優しい笑みを見せてまた唇を塞がれる。優しく甘く舌を吸いその動きに合わせて体が揺れる。はじめは緩やかに、やがて兼続に導かれるままに激しく。
敏感な肌に互いの熱を感じながら、再び躰を包み込んだ兼続に、三成はこの上無いほどきつくしがみついた。
ぼんやりと、揺れる行灯の炎を見ている。
しっかりと自分の肩を抱く手は、汗に冷えた肌に心地よい。
すでに寝息を立てている兼続の呼吸を聞きながら、ふと、三成は先ほど掴まれた自分の頬に触れてみる。
あのとき何が彼をそうさせたのかは分からないが、初めて見る兼続だったことは確かだ。
「……つい、か」
無限に広がる蜂蜜の海は穏やかに自分を包んでばかりいるものだと思ったが、ときにはそこに蜂の針が混ざるらしい。
小さく笑い、三成は枕にした胸にまた顔を埋めて目を閉じる。きっと蜂の存在を知っているのは自分だけなんじゃないかという優越感に浸りながら。
そのうち、三成も寝息を立て始めた。
外はまだ夜明けまでほど遠く、行灯の火に暖められた空気がほのかな安らぎを部屋に漂わせている。
戦乱の世の、ある日。
2006.4.8
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お読みくださりありがとうございました。
ただやってるだけっていう話でした。すみません。