『今生の』(兼続×三成)
京都の石田邸の部屋で二人、三成と兼続は酒を交わしていた。
家のものはすでに休んでいるらしく、人の気配はない。
「……果たしてうまくいくだろうか」
「あの狸のことだ、こちらが気付いていることを悟ろうと悟るまいと、喜んで仲介をかってでるさ」
ぐいと飲み干した喉の音が分かるほど、辺りは静寂に満ちている。
昨日の騒動が嘘のように、都の夜は静まりかえっていた。
ときは慶長4年———秀吉公が亡くなってから、その後がまを狙った家康とそれを阻止しようとする三成との、水面下の争いが静かに続いていた。そしてつい昨夜、福島正則をはじめとする反三成派の武将が、京都滞在中の三成を亡き者にせんと急襲をかけたのである。
たまたま同じ目的で京都に滞在していた兼続と幸村、そして慶次の助けでなんとか事なきを得たものの、命を狙われていることに変わりはない。
そこで三成は、今回の騒動は家康の所存であると推測したうえで、家康に仲裁を頼むことを提案した。裏でけしかけた本人に仲裁をされては、彼らも手出しをできないだろう、と。
「しかし、それではお前の立場が不利になるのではないか」
「ふん、今のままでも十分不利だ」
吐き捨てるようにそう言い、三成は杯に満たされた酒を煽る。すぐ差し出された杯に顔を曇らせたが、何も言わずに兼続は酒を注ぐ。
三成の言うとおり、反家康派の先鋒としてにらみを利かせていた前田利家が亡くなったとたんこの騒動が起きたことが、三成の不利を雄弁に物語っていた。家康に頭を下げることが一番の得策であろうこと、このままでも悪くなる一方であることは兼続にも分かっていた。
けれど。
「心配なのか」
注がれた酒を飲まずに黙っている兼続に三成は言った。
「そうだな、」
静かに杯に口を付けて、視線を下げたまま兼続は言った。
「義が利に頭を下げるべきではないからな」
一瞬、三成の目に剣が走ったが兼続は気が付かない。黙って、手酌でなみなみと酒を注いだ。
廊下に灯る松明の音が、ぱちりぱちりと燃える音が聞こえる。
遠くで何かが啼く音が聞こえる。
「もうよせ、三成」
幾度目になるのか、またしても間を置かず杯を満たそうとした三成に兼続が言った。あんなことがあった後のこと、多少は大目に見ていたがさすがに度を超している。彼とは長い付き合いになる、酒豪の自分と違って酒に弱いことも知っている。
三成はちらりと兼続を見、鼻をならしてまた杯に注ぐ。そして、再度止めようと兼続が口を開くのを見計らって、見せつけるように酒を煽った。
唇の端から、飲み切れない酒がこぼれて三成の襟元を濡らした。口を乱暴にぬぐい、そしてその手を再び酒器に伸ばす。
とうとう、兼続は酒器を三成が掴む前に白い手首を掴んだ。
「呑みすぎだ」
「うるさい!」
掴まれた腕を乱暴に振り払った勢いで、膳ごと酒器が転がった。上等な赤で塗られた漆器のそれは、かつんと音を立てて蓋を転がし、三成の浴衣を濡らし、畳に酒の湿地を作る。
「義だの、友情だのと……、」
荒い息をして三成が言った。
「そんなもので天下が治まるなら、今のこの状態は何だというんだ」
細腕に似つかわしくない力が、兼続の浴衣の襟を掴む。
「それとも、義を信じた結果がこれか?」
酒臭い息がかかる、襟を握りあげた拳から泰平と義が相反するものである現実を突きつけられた彼の心中が溢れている。
「俺はただ、秀吉様の遺志を、豊臣家を護ろうとしただけなのに」
涙が、頬を伝って落ちる。
「なぜこんなことになっているのだ」
兼続は何も言えずに黙っている。そして、無事を喜んだ幸村に辛辣な言葉を浴びせた昨晩の三成を思い出した。
「笑え、」
迷いの生じた眼差しが、すがりつくように兼続を見上げている。
「義も友情も信じられぬ、俺を笑え」
笑え、またそうつぶやいて、三成は兼続の胸に顔を埋めると、そのまま静かに嗚咽した。
黙って兼続は三成の頭を撫で、肩を抱き寄せた。震える肩を包むように、熱をもった三成の体に手を回す。
「私も義と友情を信じているわけではない」
静かに、兼続は言った。
「だが、義を尊んだ謙信公を信じ、景勝様を信じ、幸村と、慶次と……」
埋めた顔をのぞき込み、優しく口付けた。
「そして、お前を信じている」
もう一度、今度は深く唇を合わせる。
「だからお前も、私を信じてくれ」
再びうつむいた三成を、薄い夜着から心音が聞き取れるほど強く抱き締める。
「愛している」
柔らかい髪に顔を埋めて、兼続が言った。
恥ずかしいやつめ、胸に顔を埋めたまま三成がつぶやくのが聞こえた。
長い口付けの後の濡れた舌と唇を首筋に寄せると、ほんのり酒の味がした。浴衣がするりと肩から落ち、朱に染まった上肢を晒して二の腕の上で留まる。
三成を座らせ、首から襟元へ、襟元からその下へ、兼続は口を寄せる。体のすくむ箇所を確かめながら、ゆっくりと動き、ひととおり済むと、今度は先ほど記憶した場所に舌を這わせはじめる。そのうち敏感な部分に歯を立てながら吸いながら、しばらく舌先と指先の両方で両方の感覚を愉しんでいる。
小さく三成が喘いだ。深くついた息からは、やはり酒の匂いがした。
ふと我に返って相手の浴衣も脱がせようとした三成の手を先回りして優しく払い、上肢同様はだけた下肢へ顔を寄せる。
すでにある滴りを先で拭い、まずはゆっくりと唇で包み、舌の腹で探るように口中でそれを味わう。そのまま舌の先で撫で、わずかにうごめく様を感じ取り、今度はそこに唇を寄せて吸う。
苦しそうな息づかいから、喘ぎをかみ殺している様が手に取るように分かる。わざと水音を立てると、短く非難がましい声を上げ、足が揺れた。
動きを封じられると三成の恥辱が増すことを兼続は知っている、知っていてわざと、邪魔でもないのにその足首を掴み、同時に強く吸った。
びくんと三成の体が反応する。
「アッ……」
堪えきれす、三成は声を上げた。そのまま熱を逃がすかのように、開かれた口から喘ぎが漏れ始める。けれど、何度喘いでも逃がす熱が注がれる熱に追いつかないようだ。
「……き……そ……、…や……」
自分でそう言ってから、ようやく三成は兼続の意図に気付いたらしい。腰を引くことでその意志がないことを表されたが、兼続は知らぬ振りをした。途切れ途切れに非難の声で名を呼ばれても、顔を上げずに緩く激しく攻め続ける。
自制のできないことへの苛立ちのせいか登りつめる快楽のせいか、喘ぎに涙声が混じり始める。舌の記憶に任せて再度強く吸ったとき、激しい息づかいとともに兼続の口中に生温かいものが流れた。
唇を拭い、身を起こして兼続は三成を見る。しばらく呆けていた顔は、見られていることに気が付くとそっぽを向いて拗ね顔になった。頬に残る涙の跡を拭ってやっても、先に果てた恥ずかしさからか、口を尖らせたままの顔をこちらに向けてくれない。
「そう怒るなよ」
そむけた反対側の耳に囁き、そのまま舌で濡らしてみる。少し触れただけでぴくりと反応をしたところをみると、果てたとはいえ快楽の火はまだ三成の中にくすぶっているようだ。
こちらを向かないことを幸いに兼続は三成の背後にまわると、耳とうなじへ口付けた。
「あぅ……」
無意識に出た声に三成は口を慌てて塞ぐ。その姿を兼続が笑う。
「まだ足りぬ、か」
「ちが、」
う、という言葉は、そのまま兼続の口に吸い込まれた。まるで喰らうように、三成の唇を吸う。
そのうち、三成もそれにならうように兼続の唇を貪る。首に手を回し、離れることを許さないというようにきつくきつくしがみつく。
まだ、足りぬ。
何度唇を合わせようと、何度抱こうと、まだ足りぬ。
何もかも、まだ、足りぬのに……。
「愛しているよ」
組み敷いた身体に指と唇を這わせながら、兼続は再び色づき始めた三成の耳に囁いた。
………
ゆるやかに朝日が差し始めるまでに、部屋の酒気と熱のこもった気だるい空気は消えそうにない。
「……もう、帰るのか」
布団から身を起こし、身支度をする兼続の背中を見上げて三成が聞く。いつもより早いじゃないかと声が言っていた。
「ああ、景勝様のことが心配なのでな。慶次のこともあるし朝いちにはいったん京を出るつもりだ。それに、」
言おうか言うまいか、しばらく迷って兼続は言った。
「左近を、敵に回したくないからな」
三成は黙っている。背を向けたままの兼続にその表情は見えなかったが、たぶん若干赤くなっているだろう。左近が三成を大事にしていることは有名だ、武士は主君に過保護すぎるくらいが丁度いいと兼続も思う。
兼続は、天井を見上げ、壁を見、そして障子から漏れる夜明けの気配を見た。
何度この光景を見たことか、何度この空気を吸い込んだことか。
都へ滞在するたびに、景勝様の密書を運ぶたびに、秀吉に呼びつけられて大坂へ行くたびに。何度も何度もこの部屋へ足を運び、ときには幸村や左近と共に酒を話を交わし合った。
瞼を閉じて、兼続は思い出たちを見やる。
ここに足を踏み入れることは当分出来ないだろう、いや、下手をすると最後になるかもしれない。
長居をすればそれだけ未練も増してしまう。
「三成。」
振り向き、布団に半身を入れて肩だけに夜着を羽織った三成を見る。
「次に会うときは関ヶ原だな」
その言葉の重さに、頷いて三成は目を伏せた。
「そうだな」
目を伏せたまま、言う。
「必ずだ、兼続」
三成の屋敷を出ると、丁度東の空に暁が上がり始める頃だった。
そのまぶしさに、兼続は思わず目を細める。
暁の向こう、東の地、関ヶ原。必ず義の世を築いて、友の笑う顔を見てやる……。
勢いよく馬の腹を蹴り、兼続は京の町へ向かっていった。
2004.4
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「戦国無双2 三成救出戦」の後だと思ってください。
初めて書いた兼続三成です。