『架け橋』(兼続×三成)




もう何日陽の光を見ていないのか、腰を屈めてようやく出入りできるような格子付きの小さな口を見つめつつ、三成はひとり考える。

関ヶ原に敗れてから今日まで、ずいぶん経ったようにも感じるし、そうでないようにも思う。

後悔はしていない、諦めもしていない、自分は正しい道を歩いていると今でも確信している。

とは、いえ。

上田に籠城している幸村と、敵陣へ突っ込んでいったきりの左近のことが、気にならないと言えば嘘になる。囚われてしまった境遇よりも、友の安否を聞ける身分でないことが歯がゆかった。


そして。

伏見で再会を誓い、会津へ向かった兼続のことも。


二度と会えないとは思っていない。この首が胴から離れるその瞬間まで生きている、希望を捨ててしまったら本当の敗者になってしまう。けれど。

そっと伏せた瞼に浮かぶ、屈託のない微笑みに、今すぐに会いたい。


今、すぐに。



薄暗い部屋のなか、外から聞こえる水音に三成は目を覚ました。

昨夜から降り始めた雨は、相変わらずやんでいないらしい。夜が明けていることは明白なのに辺りの景色がはっきり見えないことも、未だ天気が回復していない証拠だ。

週末ぐずついた天候になることは承知していたものの何とはなしに息をついて、三成は隣で眠っている兼続の顔を見た。

日頃の疲れだろうか移動の疲れだろうか、彼らしく規則正しい寝息を立てている。


見慣れた長い睫毛、聞き慣れた呼吸、何度も口付けを交した唇。


その一つひとつを眺めているうちに。

ふいに、三成の目に涙が溢れ始めた。


どちらかといえば眠りの浅い三成が兼続より先に目を覚ますことは、決して珍しいことではない。今みたいに、ずっと運転を引き受けてくれて遠出をしてきたときはなおさらだ。

いつもの光景。ありきたりの状況。それなのに、今日は不思議なほど、ここに兼続が在ることがひどく遠くて懐かしいものに感じられる。

つい先週も東北出張のついでに一晩過ごしたばかりなのに。メールだって電話だって、仕事絡みを含まなくてもほぼ毎日やり取りをしているのに。どうしてこんなに、悲しさと恋しさがごた混ぜになって去来するのだろう。


急に何かに駆られて三成は、自ら腕のなかに滑り込んで寄り添うと、強引なほどに兼続の胸へ体を埋めた。起こしてしまった気配を感じながらも、できる限り互いの隙間と隙間をなくそうと、力を込めてすがりつく。

しばらくして、完全に目を覚ましたらしい兼続の、どうしたんだという少し驚きを含んだ声が三成の頭に降ってきた。それでも今はこうして肌の温かさを感じていたくて、ただただ強く、目の前にある体を引き寄せる。

「兼続」

顔を埋めたまま名を呼んで、その存在と感触を満喫しながらそっと目の前の鼓動する心臓に唇をつけて。

「愛してる」

いつもなら心に浮かんでも口からは出てこない言葉を、囁かずにはいられない。

そうして、案に違わず返してくれる愛の言葉に安堵して、三成は今一度腕に力を込めて兼続そのものに身を預けた。


やがて、温かい手に頬を包まれたと同時に、上げた瞼と唇に優しい口付けが落ちてくる。

こちらを見下ろす兼続の眼差しはいつもの通り穏やかで、流した涙の理由は聞かずに優しく不安の軌跡をぬぐってくれた。


再び交した口付けを合図に三成は、兼続の首へと腕を回してきつく抱きついた。背中を滑る指が確かに昨夜から繋がっていることへの確信とその幸福に己をゆだね、蠢く舌から注がれる熱のままに吐息を漏らす。

「三成」

髪を梳き、心の底から想いを込めて名前を呼んでくれる、人。

「愛しているよ」

瞼の裏の暗闇の中、先ほどよりも低くて甘い、兼続の声が響いている。




優しい人、愛しい人、大切な人。



もう二度と、俺を一人にしないでください。




2008.6.29




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お読みくださりありがとうございました! 兼続と三成が幸福になれないことは歴史が証明していることと、このサイトもそういう主旨に沿っているので、それを歪めてしまうのはどうかと思った挙句さらに歪めてしまったという代物です。戦国時代では悲しい別れになってしまったけど、きっとどこかの世界で幸せになっているはずだと思って書いたと解釈していただければ幸いです。

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