『花追人』(兼続×三成)




あと数日で上杉が越後に帰る、長月の昼下がり。三成のもとへ、兼続から文が届いた。

時候の挨拶から始まり、遠乗りへの詫び、次回の上洛の相談、これから始まる戦への憂い、それに伴って三成の身体を案じる見舞いなどがいろいろと連ねてあったが、要するに一番言いたいことは帰路につく前に相談ごとあるから都合の良いときに屋敷へ訪問してよいかどうかということらしい。


相談ごと、か。


「用事」でもなく「話」でもなく、わざわざ「相談」という言葉を使ってきたところに、兼続の意図が見える。

この春の上杉上洛と先日の酒盛りのとき酔いに任せて彼の恋路を激励してしまったが、それに関する「相談」だろうか。公のやり取りはすべて済んだ今、訪問するためにわざわざ文を用いてきたことを考えると、その可能性は高い。

しばらく思案して三成は、意を決したような息をひとつ付くと、本日夕刻すぎにこちらから迎えを寄越すとだけしたためて家の者を呼んだ。



兼続が到着したのは、虫の音がし始め風も涼やかになってきた日暮れ間際だった。案の定服装は簡素なもので「豊臣直参の石田三成」を訪ねてきた感じではない。

手土産の酒を家臣に手渡す兼続が脇に抱えているのは、この上洛のはじめ、滞在中に写したいと三成から借りて行った歌集だ。それが返ってくる意味に寂しさが去来したが表に出せない三成は、迎えの挨拶もそこそこにわざと兼続から視線をそらす。のみならず、部屋で二人きりになるなり開口一番、何の用だと突っけんどんな態度をとってしまった。

「すまないな、忙しいのに」

心底申し訳なさそうに兼続が詫びる。

「まったくだ」

小さく口を尖らせてみせて三成は、磨き上げられた赤漆の杯二つそれぞれに酒をそそぐ。

「さっさと用件を言え」

忙しさを装って苛ついた催促をしたのは、早く楽になりたいからだ。違う話ならそれでよし、自分の予想通りなら……、今日を限りにこの想いは封じてしまおう。

いつになく不機嫌な三成を本当に多忙なためだと解釈した兼続はもう一度詫びを述べると、律儀に手元の杯を空にしてから口を開いた。

「花追いの話を、覚えているか?」

その時点で、もう話題の方向性は決まったようなものだった。それがどうしたと三成なりのわずかな抗いを見せてみたが気が付くはずもない兼続は、ひとつ咳払いをして何故か居住まいを正した。

「いい機会だから、きちんと伝えようと思っている」

いい機会とは、なるほど確かにそうかもしれない。

幸村はまだ滞在中だが、前田慶次は数日前に伏見を離れたはずだ。告白の時期としてこの機を逃す手はない。

「ただな、あまり迷惑にはなりたくないのだ」

意中の人にはれっきとした想い人がいるが、自分はその相手のことも憎からず思っている、だから振り向いてほしいわけではない、困らせるのは本意ではない。できれば諦めていることを含めて自分の思いを伝えたい、と。

「それで、何と言えば相手が困らなくて済むか、私に教えてくれないか」

そう言ってから兼続は、目線を下に瞼を伏せた。

「頼む」

「………」

ふん、と鼻を鳴らして三成は視線を宙にする。

乗り掛かった舟だ、ここまできたら余計なことは考えずに言葉を練ろうとしたが、やはりさまざまな感情が沸き上がってしまう。

「そうだな、」

そうだな、自分なら何と「言う」だろう。

想い人の相手である幸村も、大切な友だ。決して憎いとは思わないし思えない。むしろ、この二人が幸せになるのなら喜んで祝福したいくらいだ。

だから。

「『答えは、要らぬ』」

そう、答えは要らぬのだ。すでに知っていることを、本人の口から聞きたくはない。できればもう二度と聞かせてほしくない。

「『私の、この想いだけは伝えたかった』」

自分もこうして、想いを目の前の男に伝えられたら楽なのに、伝えたいと思っていたのに。

そう考えつつ、少しだけ兼続の声音を真似してみせたのが我ながら滑稽だなと、三成は心の中で自嘲する。

「『お前のことを……』」

本当は、お前のことを……



突然、三成が言葉を切った。

「あとは自分で考えろ」

急にばかばかしくなった、言い捨てる三成に兼続は、なるほどなと頷き、笑顔で礼を述べつつ三成の杯に酒を注いだ。

「とにかく、だ」

満たされた杯をひと息に煽り、若干の火照り顔を冷まして三成は兼続を横目で見た。

「ここまで助けてやったのだ、もう、さっさと済ませてしまえ」

思い立ったが吉日というだろう、口ではそう伝えるも、もうどうでもいいという気持ちのほうが強かった。幸村が前田を選んでも兼続を選んでも、自分の気持ちは永久に表に出さぬと決めたのだ。

「そうだな」

やや神妙な面持ちで酒を見つめた兼続を、また茶化してやろうと三成が口を開きかけたそのとき。

「三成」

急に真面目な顔をして、兼続が真っ直ぐにこちらを向いた。

「答えは、要らぬ」

思わず眉を寄せた三成に構わず、兼続は一分も視線をずらさない。

「私の、この想いだけは伝えたかった」

先ほど三成が提案した言葉を、一字一句、違わずに。

「お前のことを……」

そこまで言って、兼続は言葉を切った。

「三成、」

黙っている三成へ、硬い表情のまま問いかける。

「この次に何と言えばお前を困らせずに済むのか、教えてくれ」



涼風の流れも秋虫の音も。

互いの周囲の何もかもが一瞬止んだように感じたのは、気のせいだろうか。



長い長い沈黙のあと、兼続がふっと溜め息に似た笑いを漏らした。

「すまなかったな、三成」

立ち上がり、兼続は無言の三成を前に帰り支度をする。短く暇の挨拶をして戸襖にかけようとした手はしかし、背後の声に止められた。

「兼続」

静かな、だが強い調子に思わず振り返った兼続の目に映ったのは。

俯き、今まで見たことがないくらい顔を赤くしている三成だった。


「あとは、自分で考えろと言っただろう」

精一杯、虚勢を張って呆れ声を出してみたけれど、わずかな震えはきっと伝わってしまっている。

「お前が、何と言えば俺を困らせずに済むのか……」

今や戸襖から手を離して完全にこちらを向いている兼続の気配を感じるが、三成は俯きから元の姿勢に戻ることができない。

顔を上げたら、きっと嬉しさと恥ずかしさでおかしくなってしまう。


そんな三成をしばらくは信じられないような面持ちで見つめていた兼続だったが、ようやく我に返って小さく頷くと、ついと膝を折り三成の前に座った。

「三成」

名を呼び、上げられない頭ごとすべてを優しく包んでその耳に、そっと囁く。



「お前のことを、愛している」




2010.2.14

# 2010.2.15 微修正

# 2012.2.25 微修正


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単発ではわかりにくい話になってしまいました。すみません。

ここから晴れて両思いです。

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