『願掛け』(左近×兼続)




いつもなら支度を終えるのも部屋を去るのも兼続のほうが先だ。左近といえばここが勝手知ったる屋根の下である気安さか、だいたいは床の中で半身を起こして兼続が身支度を整える一部始終に軽口を叩いていることが常だった。

しかし今夜は珍しく、兼続よりも左近のほうが手早く脱ぎ散らした着物に身を包み、着々と片付けを始めている。


小田原攻めまで、あと数日。豊臣の一角を担う軍略家としては、陪臣とはいえ宵を楽しめる状況ではないらしい。


寝乱れた髪を丁寧に梳き器用にまとめる左近をしばらく黙って見ていた兼続だったが、ふいに手を伸ばすと、左近が後ろ髪を結おうとした瞬間、口に銜えられた白紐を引き抜いた。人差し指と中指の間に挟んで眉間に近づけ目を閉じて、二言三言低い声で短い言葉を呟く。


最初はあっけにとられたまま兼続の所作を眺めていた左近は、ややあって理解の息を呟くと、手に戻された結い紐を見てにやりと口の端を上げた。

「お優しいですな」

言われた兼続も笑いながら言葉を返す。

「お前が怪我でもしたら三成が悲しむからな」

本当の目的を隠す素振りは微塵もなく、当たり前のように言ってのける。


「ま、一応礼は言っておきますよ」

ひらひらと紐を揺らしてから、左近は笑ってまとめ髪を仕上げた。



2007.7.7

# 2012.7.7 微修正

inserted by FC2 system