『散り椿』(兼続×三成)
あれは確かひどく寒い日で、凍るような冷たい海風が吹いていた極月の下旬。
陣屋の縁側に座したまま、庭に降り立って木々に目をやっている三成の背をのんびりと追っていた。
霜の下りた飛び石を慎重に踏みしめ庭木に顔を寄せていた三成は、冬の花の咲く一帯でふと足を止めると、しばらく眺め考えてから振り向いた。
「雪椿か」
よくわかったなと、悩んだ時間を茶化して笑った自分に鼻をならす。
「相も変わらずまめまめしい奴め」
三成の指摘どおり、雪椿はもともと与板の庭に咲いていた枝振りの良い幾つかを、わざわざ名護屋まで持ってきて植え直したものだった。
「お前の郷土愛には頭が下がる」
言いながら、細い指で、つ、と濃緑の葉を触った。
「一枝持っていくか?」
身じろぎもせず薄紅の花弁を見つめていた姿に近づきながら、気を利かせて声を掛ける。
しかし三成は、一片の迷いもなく即座に首を振った。
「遠慮する」
一瞬だけこちらに顔を向け、すぐまた視線を椿に戻す。
「椿は、好きになれん」
そう言って三成は手を伸ばし、花ひとつふたつを枝から千切って平に乗せる。そうして手にした椿をばらばらにほぐすと、一盛り出来た花弁の山を乗せたまま胸ほどの高さに手を掲げて水を零すように平の間をゆっくりと開いた。
真冬の風に煽られた黄金の蕊と薄紅の花弁が、石畳と黒土の上へはらはらと舞落ちる。
「……こんな終わりなら、椿も美しいのにな」
足下に散った様を見て、ぽつりと三成が言葉を落とした。
その、一見すれば粗野ともとれる仕草が何故だかひどく儚いと感じたことを、今でもよく覚えている。
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人の気配に、今世に戻りながら兼続は表を上げた。
許しに従って戸襖を開けた側小姓は、深く頭を下げてから用件を告げる。
「将軍様より、お届けものでございます」
言葉と同時に部屋の敷居を跨いで兼続の前に差し出されたのは、白磁の立ち花器に生けられた深紅の椿だった。
まだ冬のはじめだというのに見事な花をつけた早咲きのそれは、椿を愛好する秀忠が南方から取り寄せた珍種で、明日催される宴席で披露する前に是非兼続に見せたいと言って持ってこられたものだという。
美しいですねという小姓の感嘆を耳に、兼続はしばらく椿を見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「すまないが、向こうへやってくれないか」
心底申し訳なさそうに、だが強い意志を込めて小姓に告げる。
「今日は椿を愛でる気分ではないんだ」
意外な言葉に目をぱちくりさせている様へ優しく微笑んで、兼続は静かに呟いた。
「……神無月の、一日なのでな」
2006.10.1
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10月1日は三成の命日です。
兼続が西軍の敗走を聞いたのもこの日だそうです。